【観光地を世界遺産として楽しむ】
こんにちは、朝型旅人です!
この記事では「琉球王国」の見どころと、世界遺産としての価値をわかりやすく解説!
読み終わるころには、ただの観光地じゃない「琉球王国」の魅力にハマっているはずです。
🌺観光地としての琉球🌺
こんかい紹介するのは「琉球王国」です。まぁほぼほぼ沖縄県です。
この遺産は計9つの資産で構成されているんですけど、私が特に観光地として強いと思っている構成資産を2つ紹介します。
1つ目は「首里城」です。まぁそうでしょう笑。
沖縄一の観光地といっても過言ではないくらいですからね。

なぜこうなっているのかは不明なんですよ。こういうちょっとした謎、良いですね。
アクセスは比較的よく、ゆいレール「首里駅」からは徒歩で行くことができます。
ここの特徴は中国、日本、琉球の独自性が融合した、他では見られない建築様式です。
中国の宮廷建築の影響を受けた朱色の正殿や、「琉球は礼節を重んじる国である」という意味の込められた「守礼之邦(しゅれいのくに)」という言葉が掲げられている守礼門。
ほかにも様々な特徴の建築をみることができます。

2000年に九州・沖縄サミットが行われたことが採用理由です。
ただ、正殿や守礼門は修学旅行生が集まりがちな場所なので行くなら早めの時間がおすすめです。
首里城の石積みでは「布積み」と「相方積み」の2種類を見ることができます。
石の積み方は覚えておくと建築物見るのが楽しくなるので意識しておくと面白いですよ。

継ぎ目が一直線になるため、積みやすい、構造物が安定することがメリット。

荷重が分散されて崩れにくいのがメリット。
2つ目のおすすめは「今帰仁城跡」です。
読みは「なきじんじょうあと」です。
「今」を「な」って読むの意味不明ですね笑。

ここは北山王の居城でした。
要は、今帰仁城は「戦いの城」だったってことです。
今帰仁城の特徴は次の3つ。
【天然の要塞】
→東面を川、西面を谷、南面を急斜面の丘に囲まれている
→標高約100mの丘陵地に築かれている(地理的な有利)
→主郭(本丸)が一番高く、常に高いところから迎撃が可能
【弓なりの城壁(城壁が曲線的)】
→敵が接近した際に側面から矢や石を浴びせやすくする
→死角を無くす。守備兵の射程圏内が拡大
→築かれた丘陵の土圧(土が石垣を押す力)が分散しやすい。耐久性アップ
【野面積み(自然石をそのまま積み上げる)】
→優れた排水性と耐久性
→積み方がラフなため、登攀(とうはん)が困難。登りにくい
→登攀によって落石が発動
こんな感じの城マニアに刺さる城です。
🌺世界遺産としての琉球🌺
こんか紹介している世界遺産、遺産名は「琉球王国のグスク及び関連遺産群」です。
2000年に登録された文化遺産です。
なんでキリのいい2000年にこの遺産が登録されたのかというと、2000年の7月に沖縄で主要国首脳会議(九州・沖縄サミット)が開催されたんですよ。
世界遺産の登録はサミットに合わせて行われたと思っています。
プロモーションの一環とかで。
登録基準はⅱ、ⅲ、ⅵ。ざっくり紹介すると以下の通り。
- 様々な国との交流の過程で成立した琉球地方の特殊性を表しているね!
- グスク跡は琉球社会の象徴的な考古学的遺跡だね!
- 建造物が琉球独自の信仰形態の特質を表しているね!
です。今回紹介する「琉球王国のグスク及び関連遺産群」の特徴は以下の通り。
一つずつ紹介していきます。
知っている?グスクの意味
まぁまず、前提的なお話になるんですけど、
「グスク」って何か知っていますか?
私は世界遺産の勉強をするまでは詳しく知りませんでした笑。
今でこそ、グスクは「沖縄の城」くらいの意味合いで解釈されることが多いですが、半分くらいあってて、半分くらい違います。
グスクって言葉の意味は、琉球王国の歴史とともに変化しているんですよ。
つまり、グスクの変遷をたどれば、琉球王国の歴史も分かっちゃうってことです。
グスクは12世紀ごろ、「自衛的農村集落」という意味合いから始まりました。
漢字いっぱいあって分かりにくいですが、普通の集落ってことです。
ちょっと特殊なこととしては、琉球独自の信仰があるってことくらいですね。
グスクの遺構には「拝所(うがんじゅ)」という宗教的聖地が備わってます。
集落の中に礼拝所っぽいスペースがあったようなもんです。
集落+拝所の意味合いだったのが第一のグスクってことですな。
グスクの意味合いが変化するのは、13世紀ごろ。地方の豪族が台頭してくると、人々は自分たちの集落を守るために戦う必要が出てきました。
グスクは今まで以上に要塞的な要素を増やし、今帰仁城のような「戦いの城」になりました。
この時代をグスク時代といいます。
戦いを重視して工夫を凝らしたのが第二のグスクってことです。

「火の神」を祀った聖域があったりします。
最後にグスクの意味合いが変化するのは15世紀ごろ。琉球王国の統一です。
統一後のグスクは「政治・外交・文化の中心」である首里城へ集約されます。
首里城が中心になったため、グスクの有していた政治的、軍事的機能は無くなりました。
信仰の機能だけ残ったのが第三のグスクです。

つまり、グスクは「集落(信仰)→ 要塞(権力)→ 王国の城(政治と信仰の融合)」という琉球王国の歴史とともに変化しているんですよ。
こんな背景があったから登録基準ⅲ「グスク跡は琉球社会の象徴的な考古学的遺跡だね!」が認められたんですね。
沖縄のさらに彼方にある神の国「ニライカナイ」
この遺産を語るうえで外せない要素、それは「信仰」です。
それで、信仰の根底にあるのが、「ニライカナイ」です。
…沖縄の言葉って馴染みのない語句が多いですよね笑。
ニライカナイってのは、海の彼方にある理想郷のことを指す言葉です。
海の彼方=ニライ、理想郷=カナイです。
理想郷というと浄土信仰とかと似ているイメージがありますね。
なんというか、似ている部分もあるけど、異なる部分もそれなりにあるんですよ。
・祖霊(先祖)や自然神(海や山)への信仰が主体なのがニライカナイ
・阿弥陀仏という仏への信仰が主体なのが浄土信仰
・神々が船で頻繁に往来するとされ、現世と密接に結びついた聖域なのがニライカナイ
・現世の煩悩を断ち切るために目指す、厳密に切り離された世界なのが浄土信仰
(浄土信仰が気になった方は、【平泉の世界遺産】中尊寺・金色堂だけじゃない!観光の見どころと歴史を解説 | 朝型旅人とかおすすめですよ)
このニライカナイ信仰と密接に関係する場所が斎場御嶽(せいふぁうたき)です。
…やっぱり沖縄の言葉は分かりづらい笑。

斎場御嶽は、琉球王国最高の聖地です。
「ニライカナイを最も近くで拝むことができる場所」とされてますね。
斎場御嶽から見ることのできる久高島って島が「ニライカナイから神が最初に来た場所」とされています。久高島には上陸することも可能。
…じゃあ久高島がニライカナイを一番近くで拝むことができるじゃん!とか思いませんでした?
私は思いました笑。
調べたところ、ニライカナイを拝むにあたってきちんとした祭祀が必要なんですって。
それでその祭祀をちゃんと行えて、一番近いのが斎場御嶽なんですと。ほぉほぉ。
政治や軍事の中心が首里城に集約された後も、信仰の中心だった斎場御嶽。
そういった経緯のもとで「ニライカナイを最も近くで拝むことができる場所」となったんでしょうね。
たまうどぅん!?

…本文とは全く関係ありません。ただ響きが似ていたので貼り付けました笑。
この遺産群の構成資産でありながら、首里城のすぐ近くにひっそりと佇む、神聖な場所。
それが玉陵です。読みは「たまうどぅん」です。
これだから沖縄の言葉は(以下略)。
うどんみたいな名前してますが、玉陵は歴代の琉球国王や王族が葬られている陵墓なんです。
陵墓ってのは、天皇や王みたいに、埋葬者が誰か判明しているお墓のことです。
古墳とは違うんですよ。
詳細は世界遺産『百舌鳥・古市古墳群』を観光するなら?鍵穴の形に秘められた物語 | 朝型旅人をご覧ください。
玉陵は見た目にも特徴があるんですよ。
石造りの宮殿とかミニチュアのグスクみたいな、壮麗で厳かな雰囲気が特徴です。
イメージするお墓とはだいぶ違いますね。

「王族の魂が永遠に安息する場所」として、当時の最高の建築技術と権威が注ぎ込まれているんですね。
グスク、斎場御嶽、そして王陵。これらすべてが一体となって、琉球王国という文明を物語っています。だから世界遺産なんですね。これらが現存していることがすごい。
まとめ
沖縄にある文化遺産、「琉球王国のグスク及び関連遺産群」。
ここは単なる観光地としての美しさだけでなく、石積み技術、独特の信仰といった当時の生活を残した遺跡が残されていることがわかりましたね。
そういえば。
2021年、沖縄に新しく世界自然遺産が追加されましたね。
「奄美大島、徳之島、沖縄島北部及び西表島」という登録名で、
沖縄県と鹿児島県にまたがる世界遺産です。
沖縄旅行に行く際にはこちらもぜひ訪問してみてください。
「奄美大島、徳之島、沖縄島北部及び西表島」についての記事も投稿してるので、暇だったら見てやってください。こちらから!
ここまでご覧いただきありがとうございました。またおいでくだされ。

