【観光地を世界遺産として楽しむ】
こんにちは、朝型旅人です!
この記事では「富岡製糸場」の見どころと、世界遺産としての価値をわかりやすく解説!
読み終わるころには、ただの観光地じゃない「富岡製糸場」の魅力にハマっているはずです。
観光地としての富岡製糸場
こんかい紹介するのは富岡製糸場です。群馬県富岡市にあります。
富岡製糸場といえば、「官営模範工場」ですよね。
官営模範工場ってのは、
国が運営し、模範となる近代化工場のこと。
明治維新後の日本の近代化はこうあるべきだよ!
って示すための工場だったわけですね。
富岡製糸場では「養蚕技術」をフランスから受け継いで、製糸業を推し進めました。
学校で習うのはこんな感じだったと思います笑。
そんな富岡製糸場の外観はこんな感じ。

赤レンガ造りの巨大な工場建築で、明治5年(1872)に建てられた姿のまま現存してます。ガイド付きツアーや音声ガイドも充実してて、軽い気持ちで行っても色々教えてくれます。
なんとなーく群馬県と聞くとアクセスが悪いと思うかもしれませんが実は割とすぐ行けます。上州富岡駅から徒歩15分ほど。
周辺にはカフェやお土産屋さんもたくさんあって賑やか。
歩くと様々なところで”日本近代化の現場”を実感できます。
あと、周辺には「こんにゃくパーク」があります。具体的には車で15分ほど。
2025年10月には累計来場者が800万人に達した人気観光地です。
工場見学やこんにゃくバイキングなど、日本の伝統食材を楽しめる場所です。
観光と学びを一度に楽しみたい‼って方にお勧めの観光地ですね。
こんにゃくパークもあるし笑。
世界遺産としての富岡製糸場
富岡製糸場の世界遺産登録名は「富岡製糸場と絹産業遺産群」です。
2014年に登録された登録基準ⅱ、ⅳの文化遺産ですね。ざっくり説明すると、
- 明治の最初期に養蚕技術がフランスから完全に移転されたね!
- 日本特有の産業建築様式だね!
です。
今回紹介する富岡製糸場の特徴は以下の通り。
- なぜ群馬に官営模範工場を?
- 養蚕の効率が数倍に!これのおかげで世界一に‼
- 和洋折衷!木骨レンガ造り
なぜ群馬に官営模範工場を?
まず、そもそもの問いですね。
なんで官営模範工場を群馬県に配置したのか?
だって群馬に模範工場を設置する意味がないと思いませんか?
フランスからの技術を運んでくるんだから、そりゃ海沿いの方がいいでしょうよ。
たとえば神奈川とか。
あそこにはペリーが来航した浦賀とかもありますしね。
そんな海沿いの立地を捨ててでも群馬に工場を設置したのには大まかに三つ、理由があります。
一つ目は広大な土地を確保することができること。
工場、寄宿舎、倉庫など、一つの工場を作るのには思っているより大きなスペースが必要なんです。工場の大きさだけでも140×12×12mの規模感ですからね。それに加えて繭を保管するスペースだとか、診療所だとか…。

日本人工女のための施設ではないんですね…。直感と違いました。
(画像提供 富岡市)
人口の多い港町じゃ確保できないくらいの大きさです。
群馬にはまだ土地が余っていたので候補に挙がりました。
二つ目は豊富な水が湧いていること。
製糸業って実は水をいっぱい使うんですよ。一例をあげると、
- 繭を「煮る(繭煮)」
- 糸を洗う(精錬)
- 機械の冷却、洗浄 など。
工場内に「鉄水溜(てつみずため)」っていう水を貯蓄するための設備があったほど。
まぁそれくらい大量に水を使うよってことです。
富岡製糸場周辺は豊かな水源に恵まれてたんです。
これも高評価を受けました。
最後、三つ目は群馬県がそもそも養蚕が盛んだったこと。
まぁこれをいったら身も蓋もありませんがね笑。
フランスの技術を導入するという不安要素の残る工場の建設で、他の負担を少しでも減らしたいと考えた日本政府がここを推薦したんでしょうね。
以上の理由から海沿いの神奈川などでなく、群馬県に設置するという決断に至ったわけです。
養蚕の効率が数倍に!これのおかげで世界一に‼
明治時代、日本の生糸生産は一気に世界一へと駆け上がりました。
その立役者のひとつが、「荒船風穴(あらふねふうけつ)」です。

…名前の響きはかっこいいけど、何をするところなのかピンときませんね笑。
ここは、風を利用した天然の冷蔵庫です。その収納量は日本一。
ここに蚕の卵を保管することで、ふ化の時期を自由に調整できるようになったんですよ。
本来、蚕は春に一斉にふ化しちゃうんで、年に一度しか養蚕ができなかったんです。
それが荒船風穴の誕生で年間で何度も養蚕ができるようになりました。
生糸の生産量は格段に増えました。それはもう、格段に。
知名度は富岡製糸場に遠く及びませんが「影の主役」は紛れもなくここです。
いま現地を訪れると、石積みの冷気保存庫跡が残ってて、山肌から今も冷気が流れ出てます。富岡製糸場とセットで見学すれば、「なぜ日本が短期間で世界最大の生糸輸出国になれたのか」が肌で感じられますよ。
ただひとつ、難点があるとすればこの荒船風穴、富岡製糸場から遠いんですよ…
車で40分くらい。まぁでも行く価値はあると思いますよ!
和洋折衷!木骨レンガ造り

みなさん、冒頭で見たこの画像、よ~く見てみてください。
実はちょっと違和感を覚える箇所があるんです。
それは柱です。柱が木材でできているんですよ。

(画像提供 富岡市)
外観はレンガ造りの洋風建築なのに、骨組みは木材なんですよ。
この時代は木造建築、漆喰構造が基本で、レンガ造りっていう文化がありませんでした。
なのに富岡製糸場は「木骨レンガ造り」。
よく言えば和洋折衷、悪く言えばアンバランスなこの造り。
じゃあなんで、こんなスタイルになったんでしょう。
建設当時の裏事情に理由があります。まぁその裏事情がかなりあるので箇条書きで説明しますね。
まず、なんでレンガ造りにしたのか
- 製糸場を作るにあたって招聘した人物がフランス人だった
- 当時の日本生糸は粗悪品が多く、外国人商人から改善を求められた
次に、なんで木骨造りにしたのか
- 鉄骨を輸入すると費用がかかりすぎる
- 耐震性を高めるため
結果として生まれたのが、洋風のレンガと和の木材技術を融合させたユニークな構造ってことです。現地では赤レンガと木の骨組みが残ってるので、ぜひ細部まで観察してみてください。
まとめ
世界遺産に登録された2014年には、全国から多くの観光客が訪れた富岡製糸場。
ピーク時には来場者数は年間133万人を記録していました。
しかし今では、観光客数が減少傾向にあります。
今や年間来場者数が40万人をわっているのが現状です。
「登録されたから終わり」ではなく、「登録されてからどう守るか・活かすか」が本当の勝負。赤レンガの工場や女工館が当時の姿のまま残っていることは大きなアドバンテージになるはず、歴史と技術を自分の目で感じる動機付けにもなります。
まぁ一観光客としては、賑やかなブームのときとは違い、静かに世界遺産を楽しめる今の富岡製糸場は、ある意味“穴場”かもしれませんね。
ここまでご覧いただきありがとうございました。またおいでくだされ。

